前回に引き続き、キリストの意味についての解説です。
14.(理由その1)イエスは、この世の王ではなかったから
さて新約聖書が、イエスをキリスト(メシア)だとみなしている理由のひとつ。
それは、イエスが王だからです。
ですがこれまでの解説のとおり、イエスがイスラエルの王として、
即位したという事実はありません。
しかし新約聖書では、イエスは「イスラエルの王」だと主張しています。
それは、なぜでしょうか?
それはイエスが、この世の王ではなく、あの世(天上)の王だからです。
お分かりでしょうか?
そう解釈をすれば、別にこの世で王として即位していなくても、イエスはキリスト(王)だといっても、辻褄は合いますね。
では、もう少し詳しく解説をしていきましょう。
以前の解説(第86回の解説)では、旧約聖書の詩篇110篇という所を引用しました。
その中に、次のような記述があります。
「主はわが主に言われる、
『わたしがあなたのもろもろの敵を
あなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ』と。」
(詩篇110篇1篇)
これは、キリスト(メシア)が、イスラエルの王として、王位に就くことを、預言した箇所です。
そして新約聖書の中に、この箇所が引用されている場面があります。
「それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。
(中略)
ダビデが天に上ったのではない、彼自身こう言っている、
『主はわが主に仰せになった、
あなたの敵をあなたの足台にするまでは、
わたしの右に座していなさい』。」
(使徒行伝2章33節ー35節)
この箇所では、さきの旧約聖書の部分を引用していますね。
これはイエスが、神の右(神の王的な権威)についたときのこととして、
引用しているわけです。
つまり、王位についたというのとだいたい同じです。
だからこの箇所は、天上で王位についたイエスのことを、語っていると考えてもいいと思います。
つまりイエスは、天上の王(キリスト)であって、この世の王ではなかった。
そう考えてみると、別にこの世のイスラエルの王ではなくても、
旧約聖書の記述と矛盾はしないことになりますね。
次回に続きます。
(2024年3月10日まぐまぐ!にて配信)
(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。
聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society
1954,1955,1975,1984,2002)