聖書の読み方

メルマガのバックナンバーを掲載してます 更新は毎週水曜日と日曜日です

旧約聖書と新約聖書の関係(その11)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 12.エレミヤの契約
 さて、前回の解説では、
旧約聖書のサムエル記に出てくる、
「ダビデの契約」について取り上げました。

 

 そして今回取り上げるのは、
同じ旧約聖書の契約の一つである、
「エレミヤの契約」についてです。

 そしてこの契約は、
言ってみれば、
旧約聖書と新約聖書の橋渡しをする、
そんな重要な契約なんです。

 

 ですので、この契約は、
新約聖書の考え方を理解する上でも、
重要なんですね。

 さて、ここに出てくる、
エレミヤについてですが、
これは少し前のメルマガでも、
既に取り上げています。

 

 ですので、今回はエレミヤ自身については、
解説を割愛し、今回の解説では、
「エレミヤの契約」にだけ集中して、
取り上げることにします。

 さて、この契約は、
旧約聖書のエレミヤ書31章に、
記されています。
 そこには、
次のように書かれているんですね。
(少し長いですが、
全文引用します。)

 

 「主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。
 この契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない。
 わたしは彼らの夫であったのだが、彼らはそのわたしの契約を破ったと主は言われる。
 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。
 すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。
 わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。
 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。
 それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。
 わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない。」
 (エレミヤ書31章31節〜34節))

 

 それでは、
少し解説を加えたいと思います。

 さて、これまでも解説してきたように、
イスラエル民族は、
エジプトから脱出した後に、
預言者であるモーセの仲介のもとで、
神との契約を結びました。
 これが、少し前に解説した、
「シナイの契約」でしたね。


 
 この契約でイスラエル民族は、
神から様々な戒律を与えられ、
これを守ることが、
求められていたんです。

 ですが、旧約聖書の歴史を紐解くと、
イスラエル民族は、
神との契約に従順ではなく、
だいたい律法の規定を守らず、
違反するということを、
繰り返していました。

 

 これが、旧約聖書が描く、
イスラエルの民の偽らざる姿なんです。

 ですが、ここで重要なことは、
これはイスラエル民族がとりわけ、
神に対して不従順であったわけでは、
ないということです。
 彼らが特別かたくなで、
神に対して強情であったというわけでは、
ないんですね。

 

 むしろ、(はっきり言わせてもらうと)
イスラエル民族に限らず、
そもそも人間というのは、
たとえ正しい生き方の基準(律法)を与えられても、
それを守りきれず反抗してしまう、
そんな側面を持ち合わせているということなんです。

 これが人間の、
偽らざる姿なんですね。

 

 さて、ここで重要となってくるのが、
今回の「エレミヤの契約」の、
中心的な主題である「新しい契約」という、
考え方なんです。

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月30日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その10)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 10.ダビデの契約(その2)
 さて、前回のメルマガでとりあげた、
このダビデ王ですが、
彼はイスラエル民族にとって、
まさに理想的な王でした。

 

 そして、前回からのテーマである、
この「ダビデの契約」とは、
ダビデ王が、預言者であるナタンという人物の仲介で、
神と交わした、
そんな契約なんです。

 これは、旧約聖書のサムエル記下の7章に出てきます。

 

 さて、この聖書の箇所を読むと、
まずは、以前解説したアブラハムの契約にもあったように、
イスラエル民族に対する、
彼らの住む土地の約束の再確認があります。

 「そしてわたしの民イスラエルのために一つの所を定めて、
彼らを植えつけ、彼らを自分の所に住ませ、重ねて動くことのないようにするであろう。」
 (サムエル記下7章10節)

 さて、ここからが特に重要です。

 

 まず、ダビデの契約では、
ダビデ王の息子がイスラエルの王位を継承し、
彼が神殿を建設することが、
約束されています。

 「あなたが日が満ちて、先祖たちと共に眠る時、わたしはあなたの身から出る子を、あなたのあとに立てて、その王国を堅くするであろう。彼はわたしの名のために家を建てる。わたしは長くその国の位を堅くしよう。」
 (サムエル記下7章12節〜13節)

 それが、こちらです。
 そして事実、この契約は、
彼の息子であったソロモン王の時代に、
成就します。

 

 そして、この「ダビデの契約」では、
もうひとつ、
イスラエル民族にとっても、
更に異邦人(ユダヤ人ではない民族)にとっても重要な、
ある契約が結ばれます。

 それは、ダビデ王の子孫から、
将来、イスラエル民族にとって、
そして異邦人にとっても救い主となる、
そんな人物が生まれるということです。


 
 「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。わたしは、
わたしのいつくしみを、あなたのさきにあった者から取り去ったように、
彼からは取り去らない。かえって、わたしは彼を長くわたしの家に、わたしの王国にすえおく。
彼の位はとこしえに堅く立つであろう。」
 (歴代志上17章13節〜14節)

 こちらですね。
 先程は、旧約聖書のサムエル記から引用しましたが、
今回は、歴代志から引用してみました。

 

 さて、この箇所では一見、
これが救い主(メシアといいます)についての言及だということが、
分かりにくいかもしれません。

 ですが、この箇所には、
イスラエル民族にとって、
まさに英雄であったダビデ王の家系から、
自分たちを救ってくれる、
救い主が生まれることが約束された、
そんな契約が記されているんです。

 

 そして、この契約は、
ユダヤ人が民族としての苦難に直面する時、
彼らを励まし、
そして将来の希望をもたらしてくれる、
そんなものでした。

 これは、(以前の解説でも取り上げましたが)
彼らがバビロンに捕囚となった時も、
そしてローマ帝国の圧制に苦しんでいたときにも、
同様だったんですね。

 

 11.「ダビデの子」としてのイエス
 そして、この「ダビデの契約」は、
新約聖書の時代になっても、
とても重要な契約でした。

 それは、新約聖書の福音書を読んでみると、
よくわかるんですね。

 さて、福音書を紐解くと、
イエスがしばしば群衆から、
「ダビデの子」と呼ばれている場面に、
出くわします。

 

 例えば、

 「すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて、『主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます』と言って叫びつづけた。」
 (マタイによる福音書15章22節)

 とか、

 「そこから進んで行かれると、ふたりの盲人が、『ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい』と叫びながら、イエスについてきた。」
 (マタイによる福音書9章27節)

 ですね。


 ここでは、イエスが人々から、
「ダビデの子」と呼ばれています。
 
 そして、ここで彼らがイエスのことを、
「ダビデの子」と呼んでいるのも、
適当に彼らがそう言っていたわけでは、
ないんですね。

 

 ここでの彼らは、
(これまで解説してきたように)
イスラエル民族の救い主(メシア)が、
ダビデの子孫から生まれるということを、
念頭に置いてこう言っているんです。

 つまり、彼らのこの言葉は、
イエスが救い主(メシア)であることを信じる、
いわば、信仰告白の言葉で、
あったわけなんです。

 

 ですので、こうした箇所を読むと、
旧約聖書の考え方と、
新約聖書の考え方が、
しっかりとつながっていることが、
分かるのではないでしょうか?

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月26日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その9)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 9.ダビデの契約
 さて、前回のメルマガでは、
「シェケムの契約」という契約を、
取り上げました。
 これは、旧約聖書のヨシュア記に記されていた、
イスラエル民族の契約でしたね。

 そして、今回取り上げる、
旧約聖書の契約は、
「ダビデの契約」といいます。

 

 これは、旧約の契約のなかでもとても重要で、
さらに、新約聖書の立場から見ても、
大切な契約です。

 つまり、今回のメルマガのテーマである、
旧約聖書と新約聖書について、
考える上でも、
重要な契約なんですね。

 

 ではまず、この契約に出てくる、
ダビデという人物が、一体誰なのか、
そして、なぜ彼の事がそんなに重要なのか。
 その点について、
解説をしたいと思います。

 さて、少し歴史を遡りますが、
モーセの指導のもとエジプトから脱出した、
イスラエル民族は、
彼の後継者であったヨシュアの指導のもとで、
カナン地方へと侵入し、そして定住します。

 

 そして、ヨシュアの死後に、
イスラエルを指導したのが、
士師(しし、さばきづかさ)と呼ばれる指導者たちでした。
 この士師がイスラエルを統治する時代を描いているのが、
旧約聖書の「士師記」という文書です。

 ですが、こうしてカナン地方へと定住した、
イスラエル民族ですが、
そうした彼らの前途も決して安泰では、
ありませんでした。

 

 というのは、このイスラエル民族が定住していた、
カナン地方へと、
ある強力な外来民族が住みつき、
そして彼らに苦しめられたからです。

 それが、ペリシテ人(フィリスチア人)という、
民族でした。

 彼らはもともと、
エーゲ海方面から、地中海の東海岸に進出した、
「海の民」と呼ばれた人々の一派ではないかと、
言われています。


  
 そして彼らは、
南部パレスチナのヨッパからガザまでの、
海岸平野に都市国家を築いていました。

 彼らは高度な物質文明をもち、
さらに、カナン地方では初めてとなる、
鉄製の武器を所有していて、
まさにイスラエル民族にとっては、
宿敵だったんですね。

 

 さて、このイスラエル民族にとって、
まさに救世主となったのが、
今回取り上げる、
ダビデという人物でした。

 彼は、先王でもあった、
イスラエルのサウル王の死後に王位につき、
そしてイスラエルの全部族を統一し、
そして先程解説した、
ペリシテ人に反撃し、そして打ち破った人物です。

 

 だからダビデは、
旧約聖書、さらには新約聖書のなかでも、
国民的な英雄とみなされている、
そんな人物なんです。

 そして、今回取り上げた、
この「ダビデの契約」というのも、
そんなダビデが神との間に結ばれた、
そんな契約なんですね。

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月19日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その8)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 8.シェケムの契約
 さて、前回取り上げた、
旧約聖書の契約は、
「モアブの契約」という契約でした。
 これは、モーセと共に、
イスラエル民族が神と交わした、
そんな契約でしたね。

 

 そして、今回解説する、
「シェケムの契約」は、
モーセの死後、イスラエル民族の指導者となった、
ヨシュアという人物のもとで、
イスラエルの民が交わした契約です。

 さて、モーセの死後、
カナン地方へと入ったイスラエルの民は、
ヨシュアの指導のもとで、
カナン地方を次々と制圧し、
そしてそこに定住します。

 

 そして、ヨシュア記の最後に記された箇所のなかで、
ヨシュアは今回の契約の名前でもある、
シェケムという場所で、
イスラエルの民との契約を交わします。
 このシェケム(シケム)は、
エルサレムの北方約50kmに位置しています。

 

 「ヨシュアは、イスラエルのすべての部族をシケムに集め、イスラエルの長老、かしら、さばきびと、つかさたちを召し寄せて、共に神の前に進み出た。」
 (ヨシュア記24章1節)

 さて、ここでヨシュアは、
これまでのイスラエル民族の歴史について語り、
その後、イスラエル全部族の指導者たちの前で、
次のように語ります。

 

 「それゆえ、いま、あなたがたは主を恐れ、まことと、まごころと、真実とをもって、主に仕え、あなたがたの先祖が、川の向こう、およびエジプトで仕えた他の神々を除き去って、主に仕えなさい。もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば、あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも、または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも、あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」
 (同24章14節〜15節)

 

 ここですね。
 さて、ここでヨシュアは、
イスラエルの民が、主(つまり聖書の神)に従うことを、
強要してはいないんですね。
 もし、彼らがアモリ人の神々、
つまり現地のカナン地方の神々を信じたいのなら、
それでも構わないと、
ここで語っているわけです。

 

 さて、これに対して、
イスラエルの民は次のように彼に語ります。
 
 「その時、民は答えて言った、
 『主を捨てて、他の神々に仕えるなど、われわれは決していたしません。われわれの神、主がみずからわれわれと、われわれの先祖とを、エジプトの地、奴隷の家から導き上り、またわれわれの目の前で、あの大いなるしるしを行い、われわれの行くすべての道で守り、われわれが通ったすべての国民の中でわれわれを守られたからです。』」
 (同24章16節〜17節)

 

 さて、こうして彼らの間で、
契約が締結します。

 そしてヨシュアは、
この契約の印として、
大きな石をそこに置いて、
記念としたといいます。
 (ヨシュア記24章26節〜27節)

 これが、シェケムの契約なんですね。

 

 そしてイスラエル民族は、
指導者であるヨシュアの死後は、
「士師」(しし、さばきづかさ)と呼ばれる、
軍事的、政治的指導者によって、
統治されることになりました。
 これは、旧約聖書の「士師記」の中で、
詳しく記されています。

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月19日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その7)

b 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 7.モアブの契約
 さて、前回解説をした、
「シナイの契約」に続き、
今回取り上げるのは、
「モアブの契約」という契約です。
 こちらも、旧約聖書に出てくる、
契約のひとつです。

 

 これは、前回の「シナイの契約」と同様、
あまり一般には知られていない、
そんな言葉かもしれませんね。

 さて、前回の「シナイの契約」は、
イスラエル民族が、
エジプトを脱出して3ヶ月後に、
モーセの仲介のもとで、
神と交わした、そんな契約でした。

 

 それに対して、この「モアブの契約」は、
イスラエル民族が、
約束の地(カナン地方)に入る前に、
改めて神と結んだという、
そんな契約なんですね。

 「これは主がモーセに命じて、モアブの地でイスラエルの人々と結ばせられた契約の言葉であって、ホレブで彼らと結ばれた契約のほかのものである。」
 (申命記29章1節)
 
 これですね。
 そして、これに続く箇所で、
モーセはイスラエルの民に対し、
神との契約を遵守する必要性を、
強調します。


 
 さて、ここでモアブとありますが、
これは現在のヨルダンと死海の東部に位置し、
そしてホレブとは、
モーセが神から十戒を授かった場所の事を指しています。
(これは伝統的にはシナイ半島南部にある、
ムーサ山だとされています。
ですが、実際どこであったのかは不明です)

 

 そしてモーセは、
イスラエル民族が神との契約に従順であれば、
彼らは祝福を受け、
そしてそうでなければ呪いが下る事を、
ここに明記しています。
 
 「見よ、わたしは、きょう、命とさいわい、および死と災をあなたの前に置いた。すなわちわたしは、きょう、あなたにあなたの神、主を愛し、その道に歩み、その戒めと定めと、おきてとを守ることを命じる。それに従うならば、あなたは生きながらえ、その数は多くなるであろう。またあなたの神、主はあなたが行って取る地であなたを祝福されるであろう。しかし、もしあなたが心をそむけて聞き従わず、誘われて他の神々を拝み、それに仕えるならば、わたしは、きょう、あなたがたに告げる。あなたがたは必ず滅びるであろう。」
 (申命記30章15節〜18節)

 

 そして、この箇所で興味深いのは、
この契約が、
単にこの時代のイスラエル民族のみならず、
彼らの子孫に対しても、
この契約が適用されているという点です。

 「わたしはただあなたがたとだけ、この契約と誓いとを結ぶのではない。きょう、ここで、われわれの神、主の前にわれわれと共に立っている者ならびに、きょう、ここにわれわれと共にいない者とも結ぶのである。}
 (同29章14節〜15節)

 

 そして、ここでのモーセの言葉は、
イスラエル民族にとっては、
告別説教のようなものとなってしまいます。

 というのは、この後モーセは世を去り、
その後のイスラエルを指導するのは、
ヨシュアという指導者になるからです。

 さて、ここに記されたモーセの言葉を読むと、
彼は自分の死後、
イスラエル民族が神との契約を離れ、
それを破るということを、
予想していたようにも思えるんですね。

 それは、次のように書かれているからなんです。


  
 「しかるにエシュルンは肥え太って、足でけった。
  あなたは肥え太って、つややかになり、
  自分を造った神を捨て、
  救いの岩を侮った。
  彼らは他の神々に仕えて、主のねたみを起し、
  憎むべきおこないをもって主の怒りをひき起した。」
  (申命記32章15節〜16節)

 ここでエシュルンというのは、
本来は「正しい者、高潔な者」を意味する、
そんな言葉だそうです。
 そしてこの言葉は、
言ってみれば、
イスラエルに対する愛称みたいなものなんです。


 
 つまりここでは、
イスラエル(民族)が、
神から離れ、契約を破るであろうことを、
既に語っている箇所だといえるわけです。

 ですが、ここでモーセは、
果たして彼らをただ断罪するために、
この言葉を語ったのでしょうか?
 彼らの不従順、頑なさを、
ただ非難するために、
こうした言葉を残したのでしょうか?

 

 私は、そうは思わないんですね。
 むしろここには、
たとえイスラエルの民が、
不従順であったとしても、
神は彼らを見捨てることはない。
 もちろん、神に対して不従順であれば、
それに対するペナルティは与えられます。
 ですが、もしイスラエル民族が悔い改めれば、
必ずや、彼らは神からの祝福を受けるに違いない。

 そのように、彼は言いたかったのだと、
私は思うんです。

 

 そして、これは単に、
イスラエル民族だけにとどまりません。
 むしろ人間というのは、
皆彼らと同じなわけで、
これこそが人間の姿なのだと、
この旧約聖書の箇所は伝えているのではないか?

 と、私は思うんですね。

 

 これもまた、今回の「モアブの契約」の、
伝えたかったことなのではないでしょうか?

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月16日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その6)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 6.シナイの契約
さて、今回取り上げる、
旧約聖書の契約は、
「シナイの契約」と呼ばれる契約です。
 これはもしかすると、
ほとんど聞いたことがない言葉かもしれません。
(実は、かくいう私も、
あまり聞き馴染みのない言葉でした。)

 

 この契約は、旧約聖書に記されている契約で、
神とイスラエル民族が、
「出エジプト」の出来事があった際に、
互いに結んだ相互的な契約なんですね。

 それでは、まず初めに、
その「出エジプト」の出来事について、
簡単におさらいをておきましょう。

 さて、前回解説をしたように、
イスラエル民族というのは、
本来、族長であったアブラハムを祖先とした、
セム系の民族です。

 

 そして旧約聖書の記述によれば、
彼らは3代目のヤコブという族長の時代に、
エジプトへと移住をします。

 ですがそのエジプトで、
彼らに対する迫害が起こり、
そこでイスラエル民族はモーセという指導者のもとで、
エジプトから脱出を、
敢行することになります。

 これが、「出エジプト」と呼ばれる出来事です。

 

 そして今回取り上げる、
この「シナイの契約」というのは、
彼らがエジプトから脱出した際に、
神と結んだ契約なんです。

 この「シナイの契約」は、
イスラエル民族が、エジプトから脱出して3ヶ月後の、
彼らがシナイ半島の荒野に宿営していたときに、
結んだ契約だといいます。
 そして聖書には、神がモーセを通して、
イスラエルの民に次のように語ったと書いてあります。

 

 「このように、ヤコブの家に言い、イスラエルの人々に告げなさい、
 『あなたがたは、わたしがエジプトびとにした事と、あなたがたを鷲の翼に載せてわたしの所にこさせたことを見た。それで、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となるであろう』。」
 (出エジプト記19章3節〜6節)

 

 そして、これに対して、
イスラエルの民は、

 「われわれは主が言われたことを、みな行います。」
 (出エジプト記19章8節)

 と答えます。
ここに、神とイスラエル民族との間の契約が、
締結するんですね。
 この神とイスラエル民族の間で交わされた、
相互関係の確立こそが、
「シナイの契約」の核心です。

 

 そして旧約聖書のよれば、
この後、イスラエル民族は、
旧約聖書の戒律(律法といいます)の根幹となるべき、
10の戒律、つまり「十戒」を、
神から与えられます。
 (出エジプト記20章2節〜17節)

 これは長いので今回は引用しませんが、
この十戒は、旧約聖書の戒律の根本となる、
重要なものです。

 

 それに加えて、
イスラエル民族がなすべき、
様々な戒律、生贄、そして儀式についての、
契約もまた締結されています。

 「あなたがたは、わたしが天からあなたがたと語るのを見た。あなたがたはわたしと並べて、何をも造ってはならない。銀の神々も、金の神々も、あなたがたのために、造ってはならない。あなたはわたしのために土の祭壇を築き、その上にあなたの燔祭、酬恩祭、羊、牛をささげなければならない。わたしの名を覚えさせるすべての所で、わたしはあなたに臨んで、あなたを祝福するであろう。」
 (出エジプト記20章22節〜24節)

 これが、その契約です。

 

 さて、ここで重要なことは、
ここでの両者、つまりイスラエル民族と神との契約というのは、
少し前の解説でも書いたように、
神と人間が対等な関係で結んだ、
対等契約であるということです。
 
 これは、神が一方的に道徳的、あるいは儀式的な戒律を、
人間(ここではイスラエル民族)に対して押し付けたのではなく、
あくまで当事者であるイスラエル民族の合意を得て、
締結された契約なんですね。


 
 ですので、これは対等な者同士で交わされた契約である以上、
仮に人間か神のどちらかが、
この契約に対して不従順であった場合は、
もう一方の当事者は、
その契約を破棄することができると、
いうことなんです。

 では、どうでしょうか?
 もし、このシナイの契約が守られなかった場合、
それは一体どうなるのでしょうか?


 
 これは、もうおわかりですね。
 この契約は、
破棄されることになります。
 
 これが、対等な契約の形だと、
言えると思うんですよね。
 
 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月12日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)

 

 

 

旧約聖書と新約聖書の関係(その5)

 前回に引き続いて、
旧約聖書と新約聖書の関係について、
皆さんに解説をします。

 

 5.アブラハムの契約
 さて、前回に引き続いて、
聖書の7つの契約について、
解説を続けます。

 今回取り上げるのは、
「アブラハムの契約」という契約です。
 ここに出てくるアブラハムという人物が、
まさに旧約でも新約でも、
とても重要なんですね。

 

 さて、このアブラハムは、
もともとバビロニアに住んでいましたが、
そこから北シリアへと移住し、
さらにパレスチナの地へと移住した、
遊牧民の族長でした。

 そして、このアブラハム(当初はアブラムという名前でした)が、
神との契約を結んだというのが、
ユダヤ教(というより、一神教)の始まりだと、
いえるんですね。

 

 さて、ここでアブラハムが、
神と結んだ契約こそが、
いわゆる「アブラハムの契約」です。
 
 その内容を具体的にいうと、

 1,土地の約束
 2.子孫の約束
 3.地上の全民族への祝福
 
の3つです。

 

 それでは、まず始めに、「1.土地の約束」から、
見てゆくことにしましょう。

 さて、アブラハムは本来遊牧民で、
ある土地に定住をする、
そんな人物ではありませんでした。
 そんなアブラハムに対し神は、

 

 「わたしはこの地をあなたの子孫に与える。
  エジプトの川から、かの大川ユフラテまで。
  すなわちケニびと、ケニジびと、カドモニびと、ヘテびと、
  ペリジびと、レパイムびと、アモリびと、カナンびと、
  ギルガシびと、エブスびとの地を与える。」
  (創世記15章18節〜21節)

 と語り、彼と契約を結ぶことにします。
 これが神による、
アブラハムへの土地授与の約束でした。


 
 そして次の約束は、
「2、子孫の約束」でした。

 さて、アブラハムにはサラ(当初はサライと呼ばれています)という妻がいたのですが、
彼女は不妊症の女性で、
彼らは子供がいませんでした。
 つまり、そのままでは、
彼の家系は断絶するはずだったんですね。
 
 そこで神は、
そんなアブラハム夫妻に対し、
彼らに世継ぎの子孫が与えられる事を、
約束します。

 「わたしはあなたと契約を結ぶ。
  あなたは多くの国民の父となるであろう。」
 (創世記17章4節)

 「わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。」
 (同17章6節)

 これが、神から与えられた、
2つ目の約束だったんです。

 

 そして3つ目の約束は、
彼によって、
全世界の民族が祝福されるという、
そんな契約です。

 「地のすべてのやからは、
  あなたによって祝福される。」
 (創世記12章3節)

  ここで神はアブラハムを通して、
世界中の民族が祝福にあずかるようになると、
約束をしているんですね。

 

 そして、これはキリスト教でも、
重要な契約です。
 というのは、キリスト教では、
アブラハムの子孫であるイエス・キリストによって、
人間は救われると、
解釈をしているからです。

 つまりキリスト教にとってもまた、
この「アブラハムの契約」は、
極めて重要なわけなんですね。

 次回に続きます。

 

 発行人 neutral613

 

 (2026年8月9日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)