前回に引き続き、キリスト教会の教義の問題について解説をします。
2.教義の問題
こうした三位一体などのキリスト教会の教義を、いわば端的に示しているのが、「使徒信条」と呼ばれる信条です。
これは2世紀頃のローマ信条と呼ばれる、キリスト教最古の信条に基づいて作られたと言われています。
教会では、この使徒信条を礼拝で朗読することがあるので、聞いたことのある人もいるかもしれません。
しかしこの使徒信条、使徒(キリストの12弟子のこと)の信条という名称とは裏腹に、本当に使徒達に遡ることができるのか、
微妙なものです。
せっかくなので、ここで引用してみましょう。
「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、
陰府にくだり、
三日目に死人のうちよりよみがえり、
天に昇り、
全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず。
聖なる公同の教会、
聖徒の交わり、
罪の赦し、
身体のよみがえり、
永遠の生命を信ず。」
ここには、三位一体の神、キリストによる贖罪、復活の信仰などの、
キリスト教の教義の根本が、表現されています。
しかし、そもそもこのような信条が必要なのでしょうか?
私は、疑問に感じます。
これは言ってみれば、初代教会の時代に、当時の教会の指導者達の手によって、
勝手に作り上げられたものに過ぎない、そう思います。
次回に続きます。
(2023年11月8日まぐまぐ!にて配信)
(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。
聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society
1954,1955,1975,1984,2002)