聖書の読み方

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ヘブル人への手紙の意味(13)

前回に引き続き、ヘブル人への手紙について解説をします。

 

 18.旧約の犠牲とキリストの対比(続き)
 これまでの解説のとおり、
旧約聖書には様々ないけにえについての規定が存在しました。
 それは人間の罪のあがないとして、
動物をいけにえとして、祭司達が捧げていたのでした。
 
 「こうして、すべての祭司は立って日ごとに儀式を行い、たびたび同じようないけにえをささげるが、それらは決して罪を除き去ることはできない。」
 (ヘブル人への手紙10章11節)

 

 しかし新約聖書では、いくらそうした犠牲を捧げても、
人間の罪についての、本質的な解決にはならない。
 そう、主張します。
 動物のいけにえでは、
 「決して罪を除き去ることはできない」と
ありますからね。


 では何が人間の罪の問題の、解決となるのか?
 ヘブル人への手紙では、続いて次のように書いています。
  
 「しかるに、キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる。」
 (ヘブル人への手紙10章12節)

 

 ここでは、キリストが「永遠のいけにえ」と表現されていますね。
 このように新約聖書では、キリスト(の十字架)が、
旧約聖書の犠牲と対比されていて、
なおかつ、彼は旧約聖書の精神を、いわば成就させた存在だと、
みなされています。

 ここに、キリストの(十字架の犠牲の)意義があるといえますね。

 次回に続きます。

 

 (2024年6月26日まぐまぐ!にて配信)

 

(このブログでは、日本聖書協会発行の口語訳を引用しています。

聖書 口語訳: ©日本聖書協会 Japan Bible Society

        1954,1955,1975,1984,2002)